序 -前日譚-
「その名に自ら意味を見出すまで、旅を続けるといい。
私は見つけた、だから君の前から直に居なくなる。ああでもそうだな、君ももう私を必要とはしていないだろう?」
”永劫の旅人”ヴォルカステはかつてそう語った。
師と仰ぐその人に出会ったのはきっと物心つく前で、自我や意志というものを明確に持つようになってから一番古い記憶を辿ったとしてもその人の姿はある。
彼、或いは彼女は魔術師であり、様々な術を教えてくれた、旅の処世術、掟、流儀の話。
剣術、魔術、最早後継者、同じ人物であるかのように色々と教わった。
今も見せられる印象深い品物の一つとして、その人の手に持つ剣がある。
薄暮の薄紫を纏うただの鋼の剣、欲しいとせがんで継いだ後に同じ色でなくて落胆したのは記憶に久しい。
一番、継いだものの中で信じるべきだと感じているのが最後に話された言葉だ。
我ら流浪の魔術師はその名に明確な意味を持たない。
世界に存在しない新たな言葉を作り、その名自体を新たな呪文とする。
その為に生き、その為に旅を続ける。
始まりは”アラカザン”という人だったらしい、これは初歩中の初歩の術として今も伝わっている。
名の意味は最早薄れて久しい。
アラカザンと唱えれば魔術の矢が飛ぶ、その結果があればそれだけで十分だった。
彼はきっと自分の名の意味を見つけたのだろう。
旅の掟の大半は一所にとどまらぬよう、一所に大きすぎる縁を作らぬよう、旅を安全に続けるよう。
可能な限り守って来た、1週間で出ていくことが多いのもまた掟の一端だ。
師の語った信条、己の名に意味を見出せ。
言葉の意味の大半は人が勝手につけていく物だが、我らは自ら決めなくてはならない。
「そういうわけで私は旅を続けてるわけ、駄賃に足りるくらいになったか?」
旅人は馬車の御者に語り掛ける。
御者は不機嫌そうに鼻を鳴らして旅人に答える。
「30ルドは貰おうか、もう少し活劇的な話題の方が好みだ」
「馬鹿な、めちゃくちゃ面白かっただろ!?クッソ〜……仕方ねえな……」
「めちゃくちゃだとか言う割には凡庸」
「辛辣〜……!」
財布から依頼一回分に満たない額を出す、日頃なら行かないと言っていた場所まで運んでくれただけ感謝すべきだ。
街道を逸れ、森の隘路を行き、小型の馬車はついに停まる。
これ以上は進めないというジェスチャー、最後までドライな御者だった。
「本当に行くのか?」
「応、当然」
「そうか……」
馬の嘶き、ついに一人だ。
一人には馴れている、誰を伴ったところでついて来れる相手なんて居なかったから。
幾多の荒野と山岳、河川を越えて、とうとう人とすれ違うことの無くなった折、旅人は薄闇に呑まれる空を見た。
手に持つ剣を一度置き、こうして休めるのは珍しいことだった。
ナイゼルという旅人は、その短いとも長いとも言える生涯の中で一所に留まることが無かった。
これからもきっとそうだ。