紅茶を飲み下す間も無く

「私は水で構わないけど」

俺は司書が出してきた紅茶のセットを見て、怪訝な顔を作った。
ケーター&ヒーローのセカンドフラッシュ、アッサムだったか?ともあれ出された物は口に運ぶ。
司書の女はいつも橋に一番近い部屋で俺をもてなした。今日もそれは変わりない。

「……間違えました」
「間違えた?」

俺は作った怪訝な顔を真なる怪訝な顔に作り変えた。
日頃は島の水(たまにやたらと神秘的な味がする)しか出してこないのにどういう風の吹き回しかと思ったら。
たまには間違うこともあるのか、と得心して俺は紅茶を飲む。
司書の女は「ゆっくりどうぞ」と言い残して沈黙の家の中に消えて行った。

その間に俺は部屋を検めてみる。
室内は整理されているがどことなく埃っぽい。
パンがそのまま放置されている。ベッドは小さく、監視小屋とするのが正しいだろう。
沈黙の家には幾らでも寝室があるだろうになぜ彼女はこんな場所で寝ているのだろうか。

明らかにその場に一旦置いたであろう本が積んである。
本棚に帰れなかった本達はどこに置かれるのだろうか、というか場所を把握しているのだろうか。
縦向きに積まれた本を見てみようかと思った辺りで司書が戻って来た。

「貴方にとって興味深い本ではないと思いますが」
「暇を持て余した」
「そうですか」

司書の眼鏡をかけ直す仕草。
書を検める時だけは眼鏡をかけるのだと以前聞いた記憶がある。
彼女は俺が話しかけないのを良いことに片手間に紙を捲っている。
皮の捲れた指先が幾度も机の上を叩いた。妙な癖だ。

俺が聴覚過敏であったなら今頃叫び出している所だろう。
幸いにもそうではなかったのだが、やはり耐えがたい。
俺自身が酷くつまらない人間で、会話を振る価値すらないのだと決めつけられているようだから。

俺は焦れたように咳払いをし、次いで口を開いた。
指先で机を叩く音が暫し止んだ。

「私は今日の給料分は働くつもりがある、何をしたら」
「何も」

司書は相変わらずのつまらない顔で言った。

何も?馬鹿な。
ブランクルーグで毎日稼げる金額は少しばかりだろう。
司書として俺達からスピントリアを貰っているにしても、それらは何かを知っている相手にしか使えない。
一般には単なる記念硬貨にしか見えないだろう。
だから数ペンスであれ、半クラウンであれ、惜しむべきものは惜しむべきで。
それは先代の司書達の歴史を知っているのならば当然の認識であるはずで。

「それなら、私にここでくつろいでいろと?」
「そうなります」

俺は呆れたように溜息を吐いて見せた。
見せたといっても司書の顔に波風一つ立つことは無かった。
司書は引き続き紙に目を通す作業に戻ろうとした。
指先が再び机を叩きだそうとする。
だから俺は続けざまに質問をしてやった。

「デウルフの寝室を試さないの」

男爵の時代に作られた施設はいまだ壮麗さを保っている。
埃を払う仕事を村人たちや季節労働者たちが熱心に行った成果でもある。

俺もこの施設の一室を片付ける時、手伝ったことがある。
壁掛けの芸術品のどれもが豪奢で様々な洞察を可能にさせるものだった。
俺はひたすらに埃を払ったり、物を拭いたり、整理したりといった単純労働に精を出した。
今日はそんなことも無かったのだが。

「どこの部屋で寝ていたか、どこの部屋を貸せるのか忘れてしまいますから」
「そう」

あれだけの数の本を分類しているのに変なことを言う物だと思った。
時代がどれだけ異なっていても、言語があれそれと散らばっていたとしてもそれを分類できるのは一種の才能だ。
それと比べたら寝室の場所なんて間違えようがない物のはずなのに。
何か隠している?まさか。

「此処は原点です。間違えようがないでしょう」
「そうかな」

アッサムの紅茶は尽きかけている。
長居をしたがそろそろ夜が来る。
俺は軋む椅子を引いて、席を立った。
司書は少しばかり瞳を伏せた、何かを惜しむように。

「次は水で頼む」

俺は彼女が忘れないように念を押した。
司書は次も似たようなことをした。
俺は得をしたというのに叫び出しそうになった。

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