隙間女

『それでは定期認識調査を開始します。座席に着席して画面の中央に表示される指示に従ってください』

機械がアナウンスした。
部屋の中は取調室のように無機質だった。
西春ヶ浦の制服を着た女子高生が、パイプ椅子に座っている。
その前にはモニターが一台。飾り気のない白い画面を晒している。

『定期認識調査を開始する際は必ず室内に一人か確認してください』

エラー音。
高校生は周囲をぐるりと見渡した。誰も居ない。

『登録名称と担当地点を述べてください』

「はぁい」

間の抜けた声。呑気な返事。
その声がやけに反響して緊張を霧散させた。

「おお、画面こんな感じなんだ、初めて見たかも。定期認識調査って言うから身構えちゃった」

世間話でもするようなノリで高校生は笑った。

「閂とざす、菜乃河市向夏町担当です」

閂が答えると暫くの沈黙が下りた。
安いアラート音が鳴る。
入力が受け付けられたことがわかった。

『貴方にとって対処案件とはどのように見える物ですか?視覚情報について明確に述べてください』

モニターの画面が切り替わる。
閂はモニターの指示に対して考えるような素振りを見せた。

「え~それ本当に話していいの?同僚相手でも喋っちゃダメって言われてるのに」

パイプ椅子を揺らしながら、どこかからアナウンスが来るのを期待して話しかける。
返答は何も無かった。

頭の中で三分待った。精確には三分経過していない。
閂は即席麺にお湯を注いで、それが食べられるようになるまでを想像した。
想像の中でもカップ麺はまだ硬かった。

待つのも想像するのも面倒になった。閂は結論を出すことにした。
”画面の中央に表示される指示に従え”。
それだけなのだろう。

頭の中で内容を組み立てた。
いざこうして言語化しろと言われると困難を覚える。

「対処案件……あー、妖怪ね妖怪」

言いやすい言葉に一度言い換える。
業務内容に関する調査だからか、やけに固い言い方を要求されるのが嫌いだった。
そもそも全員日頃は妖怪と呼んでいるのに、意味のないラベリングだ。

「ボク……えー、私の視点だと全部薄っぺらに見えます」

一区切り。

「妖怪は全部平面です。えー、あー、3Dのゲームをしたことはありますか。3Dのゲームの中で、平たいの……」

人差し指の先で何度も空中をなぞる。
そこまで喋ってから余計に難しい説明をしている気がしてきた。

「……目の前に、印刷された絵がある感じ」

いい具合に嵌った。そんな心地がした。

「人間は立体なので光で影が出来るけど、妖怪は立体じゃないので影が変なんだよね」

すかさず安いアラート音が響いた。
前回よりもタイミングが早かったので閂は驚いた。

次の問い掛けが出てくるのを待つ。
モニターの画面が切り替わる。

『対処案件に対して不安や無力さを覚えることはありますか?』

閂は大笑いした。

「ウケる、あり得なくない?」

そう、あり得ない。
妖怪に対して不安や無力さを覚えるようなことはあってはならない。
陰陽師として働く人間の全てが認識している原則。

「あー、言い方悪いかも。えー?でも事実だしなあ」

ローファーの爪先が床を退屈そうに叩いた。

「全部倒せます。絶対勝てるので何とも思いません」

陰陽師は全員、この世ならざる物に必ず勝利出来ると思い込んでいる。
必ず勝利出来ると思い込めること、それがこの職に就ける前提条件だった。

異なるアラート音が響いた。
やや高級な響きだった。

『定期認識調査は以上です。退室してください』

立ち上がる時、パイプ椅子が軋んだ。

「これさぁ……直接聞いても大抵の人は誤魔化すんじゃない?」

モニターもアラートもアナウンスも返事をしなかった。

ふと、扉の前で手を止める。
扉と壁の、ごく薄い隙間に女が居る。
女は平面だった。
閂は去り際に扉を強く閉めて、それを押し潰した。