Euleo.Colinと書かれた名刺を見て、沈黙の家の司書はブルーグレーの瞳を僅かに眇めた。
おおかた、Collinsとすべきなのではないかと疑っているのではないか。
隠された世界の人々が偽名を使ったり名乗りを変えることはそう珍しいことではない。
ただ、この名前は少し珍奇かもしれないとは俺自身も思うのだが。
ユリオ・コリン、まあウケる名前だよな。
リオ・コリンズじゃないあたり俺は本名への執着を捨てられ無いらしい。
俺はコバヤシ・ユリオだ、アジア人、俺の経歴そのものの説明は長くなるから省く。
四音節は呼び辛そうだから配慮してんだよ。
そんな思案は露知らずか、司書はいまだ俺の渡した名刺と俺の顔を見分している。
これはそこそこ掛かるかもしれない。
俺はその間に視線を司書の頭から靴先まで熟考するように動かした。
収穫祭の果実のような赤茶けた髪は潮風でうねり、瞳は冬のロンドンの空がそのまま入ったように冷ややか、黒のワンピースは飾り気が無く修道女のように貞淑でトラディショナル、だがどことはなくつまらない顔の女だ。
つまらない顔だと頭の中で断じるとどことなく胸のすく思いがした。
「私は適切に名乗ったと思う、司書さん」
英語で話す時、俺の一人称という個性は削ぎ落とされる。
俺はしばしば凶暴な口調と称されるが、英語で話す時はたどたどしい旅人のようだと笑われる。
俺は悩んだ、アジア人らしい名前ではない事を原因に追い出されやしないかと。
司書はその冬色の瞳でこちらを見た。
手のひらをこちらに向けて握手を求める。
その手のひらには奇妙な傷あとが見えた。
「ミスター・コリン、沈黙の家へようこそ。歓迎は出来ませんがどうぞ良い滞在を」
「それはどうも」
ククルビットの橋を越え、沈黙の家の門戸を叩く。
第六の秘史、それ以外の眠る屋根の下へ。
禁断を知る時、森の道が拓ける。
その後の人生で俺は数度ブランクルーグの島を訪れる事となった。
閏の季節が来た時も、秋も、冬も、司書の女は相変わらずつまらない顔をしていた。
彼女は決まって俺に本を渡した。
俺が望む本を俺の顔を見ただけで当ててしまうようで、俺はどうにかしてその運命に抗おうと無駄な努力を何度もした。
結局、俺の無茶なリクエストに彼女が応えられなかったのは一度だけだったか。
俺は本を受け取る度に対価としてスピントリアを握らせた。
それだけの関係だ、いいや、塩漬けのキノコも食ったね。
あれは案外悪くなかった。
作り方を聞いておけばよかったなんて後悔も先には立たない。
これは俺、古林百合生が彼女を歴史の一節として忘れるまでの秘史だ。

・“Novel is unofficial content based on the IP by Weather Factory Ltd. You can find out more and support the IP at www.weatherfactory.biz.”
・この小説 は、Weather Factory Ltd. による IP に基づいた非公式コンテンツです。IP の詳細とサポートについては、www.weatherfactory.biz をご覧ください。
