手のかかる奴

相変わらず急な誘いに応じて、俺は那凪先輩の運転する車に乗っていた。

まあ、そこまでは普段どおりだ。
この人が計画性がある割に俺を誘う時だけ前日や、行く直前なのはいつものことだし、先輩が運転を担当するのもいつも通りだ。

車内には、俺の趣味とかけ離れた音楽が流れている。
今日はやけにうるさく感じるなと思った時、先輩の左手が音量を二段階上げた。

今口を利く気は無いとでも言いたげな態度。
さっきからずっとこんな調子だ。
この人はそういう、何も言わずに不機嫌を察して貰おうとする幼稚な所がある。
多分知っているのは俺だけだけど。

これは長くかかるかもな、と俺はぼんやり考えた。
先約を断った友達へのメールを切り上げる。
山道に差し掛かったし、携帯は圏外を示している。

「先輩〜……まだ拗ねてんすか?」

仕方ない、ちょっとは優しくしてやるかとばかりに声をかけてみる。

先輩が何で怒っているのかはわかっている、俺が「え〜今日は先約あるんすけど〜」とか言って、その後先約の内容について詳しく触れたからだろう。
先輩の方から誘ってくるのは嬉しいが、こっちにもこっちの予定がある。

普段は先約をチラつかせつつも二つ返事でオーケーするが、ちょっとは弁えて欲しいなと思って試したのが失敗だった。
なら好きにすれば、なんて突き放した言い方をされたから、好きに付いてきてやった。
それでも那凪先輩の機嫌は悪いままだったが。

数秒の沈黙。
「何が?」

やけに短い返事だった。
先輩は周りからは浮き世離れした難解な人物に見られているが、かなりわかりやすい奴だ。

声色と表情は取り繕えても言い方の癖までは直せていない。
自分は悪くないと思っている時はあれそれと事細かに言い訳を並べ立てて相手を打ちのめそうとするが、自分が悪いのか確信が無かったり気持ちの整理がつかない時は短く答えて会話から逃げようとする。
要は勝てる会話しかしたがらない。
今回は後者だ、まだ分があるな。

「嫉妬したんでしょ、俺が他の奴の話するから」
「僕が?顔も覚えてない奴に?想像力豊かなものだね、幽君」

即座に返事が返ってくる。
しまった、そっちじゃなかったか。
ここで勝たないと今日一日ずっと無言で過ごすことになる。
それは……困る。
せっかく行くからには楽しく過ごしたい、どこに行くつもりかもよく知らないが。

……どこに行くかも話していない癖に機嫌が悪いのか?この人は。
少し腹が立ったが、後輩として先輩には優しくしてあげないとな。

「じゃあ俺が思った通りの返答しなかったから機嫌悪いんでしょ」

結論を急いだ、優しくするつもりだったんだけどな。
いや、先輩が悪い。今回ばかりは。

様子を伺う。
ちょっと考えている。
多分その通りなんだろう。

「……そう思いたいなら好きにしなよ」

逃げた。
絡みだしてすぐは気付かなかったことだが、この人は相手を大体3パターンに当てはめて対処している。
敵対的な奴、詮索的な奴、それ以外。
敵対的な奴は適当に笑って煙に巻き、詮索的な奴には冷たく、それ以外のことはわからないと切り捨てて逃げる。

そんなんだから俺以外に友達と言える相手は居ない。
俺はまあ、それをちょっと嬉しく思っている、実は。

「先輩、俺は好きにしたから来たんですからね」

捨て台詞とばかりに追い打ちをかけておく。
ここまではっきり言えばわかるよな?

先輩の返事は無い。
返事代わりとばかりに左手で音量を1段階だけ下げた。