18/視察検分

305番はダミアンが借りているようだ。
ダミアン : あ、鍵……閉めてなかった……。
ダミアン : 不用心、です。
ロザーリオ : 不用心な……死体から盗む物も無いだろうという思惑で?
ダミアン : ぬ、盗むものくらいあります。それこそ今回は……。ともかく、たまたま、です。
ダミアン : まずは机の椅子にでも。すみません、この部屋、来客用の椅子が無くて……。
ロザーリオ : 別に構いやしませんよ。立ったままでも。
ダミアン : (言葉通り、物が多い部屋だった。神経質に陳列されてはいるが、全体的に煩雑な印象だ。)
ダミアン : 本当、奇妙ですね。傘、差さなかったり。立ったままだったり……。
ダミアン : 私よりもずっと、世渡りが上手いのに。
ロザーリオ : 最近は傘くらいは差すようにしていますよ。ただ、そうだな。
ロザーリオ : 立っている方が楽だと、思っているのかもしれません
ダミアン : 何故ですか? 疲れるでしょう。
ダミアン : それに、私自身も……緊張します。上から見下ろさないで、お座りください。
ロザーリオ : 骨の位置が崩れる。魔術で繋ぎとめてはいても肉が無い分、姿勢を頻繁に変えるのは億劫らしく。
ロザーリオ : そう言うなら座ってやりますがね
ダミアン : ……左様ですか。すみません、そこまで発想が行きわたらず。
ダミアン : それで、こうして私室までお誘いしたのは。検体についての件なのですが。
ロザーリオ : 構いませんよ。なってみないとわからない事だ。
ロザーリオ : 嫌ならやめても良いだとか。そう言ってましたね。それに続きが?
ダミアン : いえ、正にその通りで。改めて、貴方に真意を伺っておこうと思いまして。
ダミアン : 争いもしたし……、あんな場で決めるべき話じゃない。一度こうして対話すべきです。
ダミアン : 貴方は、私に、どうしたいですか?
ロザーリオ : …………
ロザーリオ : …………自由に決めて良いと、言われると。思いのほか困るな。
ダミアン : サジェのような回答は、駄目ですよ。
ロザーリオ : 役に立ってやるのが一番適切な関係かなと。そう思ってました。
ダミアン : そうですか。分かりました。……本当にそうしますよ。
ロザーリオ : 貴方以外の。他にどう見られるかと、それが本質的な好嫌らしく。
ロザーリオ : 恐らく此処で茶を飲んでやるのも問題無いかと。他の前でおもしろがれる程に割り切れちゃいませんがね
ダミアン : ……し、しませんよ、趣味の悪い。
ロザーリオ : 前に見てみたいだとか言ったのは貴方ですよ
ダミアン : う、うぅ、ううう……。
ダミアン : 私は貴方の身体機能を確かめたいだけですから、他のやり方があるならそうするべきです。
ダミアン : ……話が逸れました。医者の触診に本気で羞恥を感じる者は少ないでしょうし、
ダミアン : 私もその気持ちは……”共感”、できます。
ロザーリオ : まあ、そんなところです。……共感ね……。仮面の下だって他の奴には見せた事ですし、前の続きでもしておきます?
ロザーリオ : 本当に脳が無いのか、確かめてはいないでしょう?
ダミアン : ……本当、意地が悪い。
ダミアン : 分かりました。視診と触診を行います。
ダミアン : 骨がずれるのでしょう? ベッドで仰向けに寝転がって、リラックスしてください。
ロザーリオ : なら寝ておくか、起き上がりに難がある気もしなくはないですが。まあ、大丈夫でしょう
ダミアン : 本当、大変そうですね……。
ロザーリオ : 右眼はまだ実物なので触らないように。左眼は好きにして構いませんよ。硝子細工です。(仮面を外せば頭部におよそ人間ではありえない穴がある)
ダミアン : 承知いたしました。失礼、覗き込みますよ。
ダミアン : (マッチを付けて、灯りを用意する。それを熱く感じない程度に頭蓋へ近付ければ、中身を検めた。)
ダミアン : ……申し上げるべきか……。右目は未だ実物と申されましても、視神経は脳に繋がっています。
ダミアン : 見事に空ですね。貴方の発言を鑑みて、真っ当に考えるのであれば。これは人為的な摘出に思われますが……。
ロザーリオ : 視界を失ったと、そう認識してしまえば恐らくは見えなくなる。なので片方は残すと聞きました。
ダミアン : 左様ですか。その様子であれば、現在も視界は問題ないですね。
ダミアン : 以前、胸部を触診させていただきましたが。やはり心臓や肺に当たる重要器官は見当たりませんでした。
ダミアン : 正真正銘のスケルトンです。普通なら死んでいる。
ロザーリオ : どの辺りで死んだのかも正直わからないんですよね。
ダミアン : 血のワシという処刑方法を知っていますか? ……詳細は申し上げませんので、書物などでご確認していただいて。
ダミアン : あれは、生存したまま行える最大限の残虐な処刑方法です。
ロザーリオ : なら肺の辺りまでは生きていたんですかね。
ダミアン : ああ……。ええ、あれが可能なのであれば、貴方も恐らく、……随分苦しまれたことでしょう。
ダミアン : 胸中を察することは出来ませんが、貴方を悼みます。
ロザーリオ : それはどうも。今すぐ土に還してくれれば一番嬉しい所でしたが。向こうの処置は完璧らしく。まあ、こうして現世にとどまっているわけです。
ダミアン : ……土に還りたいのですか?
ロザーリオ : 道理に反していると。思っていますので
ダミアン : 道理とは何ですか。……いえ。引っかかる台詞を聞くたびに反芻するのは悪癖だと、よくよく認識しましたので。
ダミアン : (炎をマッチごと振って消す。室内に暗さが戻る。)
ロザーリオ : 死ねば人の意識は消え、身体は土に還ります。それが今も動いて回り、考え、口を利くのは。
ロザーリオ : 奇跡と言えば耳触りが良いものですが。私には歪みだと、そう思えてなりません。
ロザーリオ : そこを一歩進めようと研究している相手にそう言うのは酷かな。すみませんね。つい
ダミアン : 歪み、ですか。……私より長きを生きる人間にこれを訊ねるのは、正しく酷でしょうが。
ダミアン : 肉体は死せども、魂は未だ生きているのではありませんか。
ダミアン : ……少なくとも私はそう信じております。
ダミアン : プシュケー──魂とは現状の学説では不可視であると考えられており、身体を切り開いても、それを拾い上げることは難しい。
ダミアン : そして魂とは、”自我”とも言える、と私は支持しております。
ダミアン : 脳無しでも、心臓が無くても、血が通わずとも。少なくとも、自らを自らであると規定できる限りは、……きっと、生きています。
ロザーリオ : …………
ロザーリオ : 私は正しく私なのか。加工の後から先も私の人生であると言えるのか。死は人生の、出来事の一つでしかないのか。
ダミアン : …………。
ロザーリオ : 結論を出すには25歳の私の自我は摩耗しすぎています。自由に動き回っていたのなら結論はまた違ったかもしれませんがね。
ダミアン : 構いませんよ。私は啓蒙こそ行えど、それを信じるか否かは相手次第です。
ダミアン : ……最も、諦めはとても悪いと自負しておりますが。
ダミアン : 今までの非礼を詫びましょう。貴方の経てきた人生を……軽視し過ぎていた。
ロザーリオ : 死しても尚研究を続けるくらいです。それくらいは心得ていますよ。
ロザーリオ : 死霊術師と聞き、私も少し当たり過ぎたところもあります。お互い様ということで。どうです?
ダミアン : ご寛大な対応をどうも。
ダミアン : それが言葉の通りだったのなら──ふ、ふふ。どっちもどっちだ。
ダミアン : あの論争とは別の件で……もう一つだけ、謝らねばならないことが有ります。(研究者として見下ろすことをやめ、ベッドに腰掛ける。)
ロザーリオ : どうぞ。今は怒っていませんし、素直に聞いてやりますよ(仮面を付け直し、いつもの調子で)
ダミアン : 以前、他者に対して敬称を外せないという話題があったじゃないですか。
ロザーリオ : ありましたね。そういえば
ダミアン : あの場でロザーリオさんが去ったあと、ラシュサハさんに”ロザーリオなら怒らない”と諭されて……。
ダミアン : 当人の前で敬称を付けないのも当時の私には難しく、あなたの居ない場ではこっそり、”ロザーリオ”と呼んでおりました。
ロザーリオ : 別に構いませんよ。次から私の前でも呼び捨ててはどうです
ダミアン : ……じゃあ、あの……。それでは。
ダミアン : ロサ、とお呼びしても?
ロザーリオ : まあ良いでしょう。やけに距離を詰めるじゃないですか。フフ……
ダミアン : なっ……。あ、貴方、私っ、勇気を出して……。
ロザーリオ : ロザーリオ・チェザーリ、私の生前の名です。それくらいの距離感だと認めた証拠程度に。覚えておいてください。
ダミアン : (名を口中で繰り返して。)なら……。
ロザーリオ : つまり構いませんよ、ということです。宜しく。ダミアン
ダミアン : ……ぅ、は、はいっ。
ダミアン : ……私は貴方ほど、何かを差し出せるという身の上ではありません。
ダミアン : 正しい苗字はありましたが、勘当されて無くなりました。
ダミアン : だから……。貴方が困った時、私に声を掛けてくだされば馳せ参じますし。
ダミアン : いつか、きっと。長い道のりになりますが。貴方を……死の枷から解き放ちたいと思っている。
ロザーリオ : なら、飛び切り困った時に呼びつけてやりますよ。知人に吐いた嘘で首に縄をかけられそうになった時なんかにね。
ロザーリオ : ……死なせてくれるその時は、それこそ貴方の最も良いと思う形で終わらせて頂ければ。
ダミアン : …………本当に、意地が悪い。
ダミアン : (手を差し出す。先日とは反対の構図だ。)
ダミアン : 起き上がるのに骨が折れるのでしょう。
ロザーリオ : フフ、それじゃそろそろ戻ります。ああ、どうも。起きるのは難しいので助かりました(その手を取って)
ダミアン : ええ。……その、本当にありがとう。
ダミアン : 見送りは必要ですか?
ロザーリオ : 歩いて帰れないほど、困った人間ではありませんよ。
ダミアン : あ、あはは。(苦笑して、その背を見送った。)
ロザーリオ : それではまた